今までの自分の人生を振り返ると、自分の中に緒方謙みたいな時と三國連太郎みたいな時がいったりきたりしてるだけだった。みたいな精神状態になると同時に、フォードの西部劇を日本の村社会に平行移動したらこうなります。みたいな手法で映画が作られていて見事だった。むしろ、あざとすぎて最後の方は冷めてしまったが、最期のカットがビッグリボウスキーと一緒になっているのは、コーエン兄弟も見事だった。俺にとっては、都知事選もネットのオタク叩きもチンコロ野郎叩きもhiphopのレジェンド達によるイジメ撲滅キャンペーンもただ目の前を通り過ぎていく。結局のところ、まさに復讐するべきは自分自身なのだが、そんなことは映画を見る前から分かっているので、単にくどい説教くさくあざとい映画に思えた。今村昌平には川島雄三のような映画の夢がない。豚と軍艦のみ 夢があった。
やはり、緒方謙が嫁や母親の前でのみ、威勢の良い不良みたいにおちゃらけていて女へのサービスで不良のフリをしているんだ。みたいな適当さや、インテリのフリをしだしてから急に生き生きと嘘八百滑らかに喋れるようになったり、実際に暴力と対峙しなければならない時は喚き散らしながら手を出すのを躊躇したり、脳がキャパオーバーになった時のみめちゃくちゃ大胆な行動にでたり、キャラ設定が細かくなされている点で感情移入出来たが、最期の殺しのところだけなんか不自然だった。雲がちぎれる時の佐田啓二とかの気が弱いのを腕力とか仕事の雑さで誤魔化しながら働いている感じとか、不良っぽい。というか腕力とか政治力が物をいう現場に無理矢理 おとなしくて頭の回転の遅い人間が同化してる感じがよく描写されていて話にのめりこめた。結局、この手の映画は、こんな奴だから人生失敗していくんだろうな。と思いながら、2時間かけて、キッチリ人生が失敗していくのを愉しむ映画なのかな?と思う。
二匹の牝犬で、目を見張るほど可憐で上品な風俗嬢を演じた小川真由美が、五月みどり みたいな年増熟女になっていて驚いた。が、考えてみると役柄はほぼ二匹の牝犬と一緒だった。あと、秋津温泉や狐と狸で年増熟女だった清川虹子がこの映画ではお婆ちゃん役になっていた。そう考えると、中平康の狂人日記に若い頃の清川虹子や中谷昇が出ていて観た時は面白くなかったけど今振り返ると貴重なものを見ていた気もした。