映画の話

映画 覚え書き

男女残酷物語

fpm田中さん、内田春菊 大絶賛。みたいな事が書いてあって観にきたが確かにサウンドトラックよが洒落ていた。特に中盤の嬢がヘロヘロのストリップダンスを踊るシーンがエレキギターのディストローションの音が打楽器みたいに使用されていてメロディのあるdubみたいな。あとイタリアエロバカ映画特有のアンパンマンみたいな絵と大理石で出来た3dプリンター現代美術みたいなのとエロやホラーが程よく調和されてる感じも良かったけど、隣の左門豊作みたいなラガーマンがずっと携帯確認したり荷物をガサガサ探し回ったり大きな声であくびしたりパワー輩圧をかけてきたりするのもほとんど気にならないほどに見終わって「いい歳した大人がいそいそと予定を早めに調整して猫を置き去りにして観にくるには余りにもくだらないものを観たな。」みたいな気にさせられた。考えてみると、フランクキャプラの映画というのは、「理想のお父さん像を見せる映画なので、理想のシングルファザーが人に金銭面ではめられたり恋愛に不器用だったりする事はあまり重要ではなく、ただ日々 他人の為に真面目に遅くまで働き家事をする事が理想のお父さんなんやぞ。みたいな映画だったのだと気付いた。アメリカの理想の夫、理想の父親、理想の市民として市会議員に立候補みたいなアメリカ映画のジャンル凄いな。と思った。俺がずっと無視してたベクトルのアメリカ文化だから。そんな意味でk dub shineがずっとアメリカの大統領選挙追っかけたりしてんのも凄いなと。結局、アメリカンカルチャーを深掘りした結果として、そういう所にギアが入っていってる訳だから。僕も面倒くさそうな映画っぽいなと思いながら敬遠していたフレデリックワイズマンを何本かみると又違うんだろうな。などと、思ったりもした。
思えば、今回のキャプラの前にカサヴァテス映画が下地としてあったし、あの映画がスパイクリー以前の白人による黒人やシングルマザーやjazzなどマイノリティ公民権社会派映画の先駆けであった。それも、これもクリントイーストウッドやカサヴァテスなどドンシーゲル映画の主演男優が監督に転じて作られている部分も面白い

結局、2〜3年 肺がおかしくなって現場仕事を辞めてアートつうか映画文化に人生で初めて、ここまでどっぷり浸かってみて、自分に合わない作品からも自然に映画文脈が見れるようになったり、ようやくお洒落とかアートとか無意味でくだらね〜な。みたいに自然に思える段階まで来てみて初めて、ここから更に何倍も深掘りしているファッション関係や音楽関係や映画、芸能、ライター関係の仕事をされているアーティストの方々の日々のカルチャーに対する情熱愛や知識欲は凄いな。と逆に思ったりしました。