結局、加賀まりこがいかに学生運動世代にとって新しい存在だったのか?僕らの世代にとっての、映画ニュージャックシティとかラッパーのmiaやモデルのローラみたいなブラックミュージック被れに突然飛び込んできたバングラビートみたいなもんなのか?そういえば、バラナシの路上で浅野温子そっくりの乞食が危ない刑事の浅野温子みたいな演技で物乞いをしていてギョっとした記憶があります。自分の世代にとっては全く新しく感じない加賀まりこという恐らく太陽族世代にとって唯一無二の新しいアメリカンニューシネマ女優の存在感を楽しむ為のイメージビデオみたいな作品である。と同時に、村上龍のエッセイに登場する左翼政治犯系アーティストのビニ本屋と日活ロマンポルノの時代の人々にとっては、森山大道的な動きのない古臭く哲学的なポエム画面にカリスマアーティスト感を観たのであろう。
僕にとっては、加賀まりこより岡田茉莉子や若尾文子の方が新しい感じがしてしまう。この過剰なアヒル口演技や新しく感じの独自の個性的演技で衝撃をうけたのは、むしろ浅丘ルリ子や大原麗子なのだ。しかし、最終的な世間の評価としては、加賀まりこが現在 最もひねくれ系個性派女優として残っている。
ただ、濡れた藍引きの加賀まりこは、とにかく性格が悪い女。としての存在感が凄くて、ベディデイビス系の女優なのか?と思う。
緑魔子も東映映画を何本も観ないと良さがわからないけど、結局、佐久間良子や三田圭子、小川真由美などの正統派美人に対してのマリファナとかサブカル的なカリスマ東映女優なのだ。その路線が更に曲がった感じのが加賀まりこという女優さんなのか?と思うが、歴史的に考えると、あまりにもメインストリームから離れたサブカル的アングラ芝居が現在 正統派大女優の位置にいる事も日本文化の不思議な一面だと思う。
結局、乾いた花とかも観れてないからなぁ。なんて思いました。濡れた藍引きと死闘の伝説は良くて、月曜日のユカや飛べない沈黙の加賀まりこはつまんなかったです。むしろ、この型のgothなら芦川いずみの風船や欲望、青春階段のが良かったです。