映画の話

映画 覚え書き

サマーソルジャー

爆笑問題カーボーイの大学生新入生歓迎合宿を振り返る。を聴いてから、皆殺しの霊歌→ヌードの夜→フェイシズ→キッスで殺せ→サマーソルジャーとビデオテープをザッピングしていく事で、kissから始まるミステリー→ライツカメラアクション→c調気分に御用心→ソレナライイ→サマーヌード。みたいなくさい曲をローテーションしながら、まるで米軍基地脱走兵のようにノリノリで週末の掃除を終わらせる事が出来た事は太田さんに本当に感謝している。

映画館と一緒でクラブDJみたいなプロの手が介入しない事で、自身のセンス全開の予定調和の居心地の良いマンネリ化したおじさんのロマンシズム、ダサさを涎を垂らしながら何度も反芻し、どっぷり浸かる事で電通が舵をとるメディア戦略によって自身にかけられたhiphopやお笑いスターの魔法は解ける訳だが、その分 家事はゆったりした気分で出来て猫を細かく観る時間は前より増えた気もする。結局のところ、その時間も大部分ビデオテープを再生する時間に飲み込まれていってる訳で無意味なのだが...

いずれにしても、サマーソルジャーを観た事で渋谷実のよっさもっさや田中登の丸秘色情メス市場や鈴木清順肉体の門。お専地獄。野良猫ロックなどもフェイシズのジーナローランズや怒りのキューバと喜劇!嗚呼 軍歌!や初期の短編を書いていた頃の大友克洋浦沢直樹の漫画のコマをリッテンシュタイン風に追いかけているような感じなのだ。つまり、pop artは通りすぎる風の表現。アレックスカーツが描くところの西武劇なのだ。

その風の遺伝子は、会田誠天明屋尚の腹切女子高生やゼロ戦シリーズなどの神風の中にミャクミャクと息づいていっている。これがミャクミャク君(くん。)の意味するホントウのところなのだ。

後、ふと気づくと、サマーソルジャーと今村昌平復讐するは我にあり。は構造的に同じで、それはとても今村昌平的な社会批評で「上手いなあー」と思いつつ若干 今村昌平的な説教臭さも鼻についたりしつつ、キッスで殺せ太陽を盗んだ男メメントとロンググッドバイもほぼ同じ話とみなす事で、インヒアレント バイスの構造になるな。日本におけるアメリカの脱走兵とLAにおけるメキシコの亡命者と同じ構図の中に大麻サザンオールスターズアメリカの探偵物がある。

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