映画の話

映画 覚え書き

悪徳

ヤーレンズスーパーカーの後のアフタートークの回で、「スーパーカーさん お疲れ様でした。という必要はない。何故なら、これは生放送でなくpodcastだから」から始まる。そして、スーパーカーの話とまったく関係ない。横浜大洋ホエールズのミスターベイスターズの話から俊足 高木豊に似てる人を電車で見かけた話からの息子の3人のJリーガーの話や大魔神佐々木のロッカーに貼ってあるmaxのポスターからmaxとスピードのミュージック・ビデオの対比(スーパーカーゆえに)で終える。この話でスピードや3という数字のスーパーカーというバンドを連想させながら、スーパーカーと何の関係もない話で終わる。

ここで、アルドリッチの悪徳に対してゴダールの軽蔑はハリウッド映画の内幕とジャックバランスという俳優を起用しながら似ているようで全く違う印象を受ける このゴダールアルドリッチ パロディについて考えてみようと思いつつあまり上手く分析できないと思ったが、このヤーレンズトークを聴いてわかった。

つまり、これは全く違う材質の見た目が似たような構成要素(ピース)を使った再現映像。虫食い状態のジグソーパズルなのである。それに加えて、アルドリッチは常にノワールから派生したあらゆる業界の裏側暴露モキュメンタリーノワールであり、ゴダールは常にノワールから派生した壊れたジグソーパズルの虫食いピースなのである。この2つが合体した 言うなれば令和ロマンであるアルドリッチヤーレンズであるゴダールが合体したものがゴダールの軽蔑という作品なのだ。このようにセルフパロディというジャンルがいかにhiphopという文化に影響を与えているか?これはhiphopに詳しい方々にお任せする事にする。

しかし、僕がここで言いたいのは、ゴダールアルドリッチが作った裏ノワールパロディというべき手法を合体させたセルフパロディをベンタースという監督が洗練していったという映画史で、パリ テキサスは黒沢清が叫びでパロディにしていると同時に、リンチがロストハイウェイで更にパロディにしている訳だが、ヤーレンズ横浜ベイスターズやmaxのアメリカの空撮の話をするのもLAやベイエリアの比喩であり、ロストハイウェイとスーパーカーをかけている訳だが、つまり何が言いたいかと言えば、最初のスーパーカーさんお疲れ様でした。は淀川長治のさよなら さよならのパロディなのである