やはりハライチの岩井の話を毎週 聴いていると、何処かモテ要素があるな。と思ったし、そんな意味でフランス映画ーブレッソンなどを追いかけていた時期もあったのだが、追いかけているうちに気付くとまた江戸川乱歩や筒井康隆的なドロドロしたDVDばかり観ながら、淀川長治先生の著作などを読みながらドイツ表現主義や大正デモクラシーと山本五十六のバルチック艦隊的なところにギアが入ってしまっていて、すっかり身体の調子も崩してしまった。
又吉先生の苦悩と下北沢古着巡りの旅。軽やかである筈の下北沢の街が、まるでスパイクリーの映画のようなdeepな公民権運動の雰囲気になってしまっている。むしろzeebraのNY探索の方がモテない僕のイメージの中の下北沢感があった。と言いながら、僕も実際の下北沢や古着文化については何もわからない。とにかく下北沢や吉祥寺が落ち着かない。だからこそ、綾部のNYレポートの方が僕にはしっぽりくる。
ともかく集客率を考えたらモテやカリスマ要素は絶対に必要だ。先週のナインティナインのオカワングランプリの堤下みたいな感じでも良いではないか!モテを履き違えるな!君達一人一人の非モテ達で日本に等身大のアメリカンスクールを作るんや!
そう思いながら、今週のオードリーのオールナイトニッポンを聴きながら、「モテない奴が真剣にモテやカリスマについて考えはじめるとマジで強烈に眠くなるんだよな」。と思った。眠りは死のいとこーまるでナスティnasばりに又吉先生のお洒落への追求は眠らない。それがニューヨーク ステイト オブ マインドだから...。
それにしても、ピースというコンビは根性でモテのベルリンの壁を馬鹿力で壊そうとしている。全国のモテない田舎者達にアメリカ映画の植民地主義的側面の裏側と解放への道筋を示しているように思う。つまり、卒業式のダンスパーティなどに代表されるアメリカングラフティ的なアメリカンカルチャーに非モテは要らんのだよ。ホオッホオッホオッー。