映画の話

映画 覚え書き

ジュテーム モア ノン プリュ

説明が面倒くさいし説明して理解してもらえる気もしないが、仕事に行けば行くほど体調が悪くなるので、働く意味もよく分からなくなってしまっているが、はっきり病気とか余命とか医者から規定されない限り、金も社会保険証も猫の世話をする為に必要だから仕事には行かないといけない。

それで、藁をも縋る想いで、町田康の新刊「文章が上手くなる本」みたいな内容の本を立ち読みした。

文章で食っていけるとかは思わないが、このブログの文章がまともに社会的な会話が出来るレベルの人間だと他人から認識される方向に向かうだけでも、ノイロゼー気味の思考に陥っている現在の仕事と家の往復に正気な思考への兆しが見えるか?と思ったのだ。

確かに本屋で6割くらい 技の章まで立ち読みした時に なんらかの前向きな兆しが見えたが、本屋からの帰宅途中に読んだ内容について色々と反芻している内に「自分の普段から感じていた言語への不信感が爆発し、いきなり宇宙空間に放り出されたような本格的なノイロゼー気味になって今まで通りコストはかかるけど、文字の世界には足を踏み入れずDVD漁りに邁進した方が幸せ。だと思った。

私なりに要約すると

文章を書くという事は私は1国民として日米安全保障条約下にある日本国という共同幻想の物語を無意識的にサブリミナルマインドとしてインストールされていますよ。つまり貴方達読者の敵になる。とか利益を脅かす存在などでは全く無いですよ。という事を相手に高らかに勝利宣言する事ではあるが、同時に圧倒的勝利宣言をした瞬間からその言葉の権威は現在を離れて、その理由を説明するほどにどんどんどんどん過去へ過去へと、時間を逆行させ権威は時間の津波の中に押し流されていく事である。つまり文章というのはある種のヘルレイザーであり映画のように観た瞬間がその時常に最新のリアルな幸福感を確約する類のものではない。
と言ったような内容だ。......と私は、勝手に判断しノイロゼーになった。流石 元PUNK rock starやなぁ,...,と。

これを読んだ皆さんも、この本を読んで、僕とは違った 色々な町田康像を描いて、それに基づいた文章修行を各自していく事にはなるが、最終的には誰が真の町田王国 の 天皇継承者なのか?いずれ はっきりしていく。事なのだろうと思う。どワッハッハ。

あと、とにかく 
1 比喩表現の引用は的確か?
2相手の脳の情報量の負担になる余計な装飾はなく過不足なく情報量を伝えているか?
3.方言や固有名詞に気取りはないか?
不自然な言葉づかいはキメの強調やアクセントギャグとして成立しているか?

を僕の場合は注意すべし。と学習致しました

さて、ここから修行の成果の見せどころ。映画解説ですが、前置きで精神がしんどくなってしまったので

「オモロかった。」

と単刀直入に宣言致します。