町田康 文章修行の本をざっと最期まで読むと、鉄の掟 その一 カッコつけた文章書くな。のカッコつけの意味の部分を「何が自分の中で恥ずかしい気取りなのか普段から考えたりしないと無理」なので、案外 単純な話ではないな。と思った。その上で、今回ジャックリベットのBlu-rayが完売してしまったので、思わずデュアルのDVDだけ購入してしまったが、今朝 届いたDVDを再生すると、渋谷の映画館で観た時の雰囲気に飲まれたせいなのか、自宅の小さな画面で再生してみると「カッコつけ 恥ずかしい気取り映画」のような感じがしてきて 映画館ほど画面に酔えなかった。もっと言うと、映画館で観ていた時も意味わからなかったし、カッコつけてわかったような気がしていた。ものが、自宅の何度も再生できる環境を手に入れてみると、何がカッコつけで何がこの映画としての新しい手法やこの監督の固有の個性なのか?割と頭の中で分類出来た時に 更に「カッコつけ気取りの自分」と明確に向き合う事で「カッコつけの自分に酔ってる自分を客観的に見る境界線」が難しくなってくる。わかりやすく言うとDアンジェロのブラウンシュガーやエリカバドゥを聴いている時の自分の気取りきった顔を隠しカメラから凝視しながら音を批評する。みたいな恥ずかしさと分析のせめぎ合いである。
ここら辺でもう書くのが面倒臭くなった。
それで町田康文章修行の基本テクニックを毎回一つ一つ理解し試しするところから始めようと思う。
町田康文章修行 テクニックその一 「丁寧」である。
これは、刻みとが合わさった一つの技で、
刻み(一つの文章にどんどん機能を補充していく事)と間引き(文節と文節の間のなんで?(5w1hみたいな奴?)を省略する。)を駆使して文章を読みやすくする
技らしい?(疑問に思った人は各自買って読んでください。僕も理解している自信とかなく、結局 本を読むという事は自分の勝手な思いこみ。でしかないので)
それで例文として
柔道場に到着した吉岡は道着の帯を閉め、その中に注射器を隠した。
これを自分なりに分析すると、
1主語の前に出来るだけ厚みをもたせる
2.注射器を隠した。の最も言いたい部分の「場所」を強調したい為に 特に無くても文章の成り立つ「道着の帯を閉め」という行動の文章を一つ追加した。
つまり場所を強調する為の行動の文章なのである
3.とにかく、場所や目的地の説明(時として時間)は常にしつこく徹底していかないと聞き手のストレスになる。
4.道着の帯を締め。までは柔道というテーマに沿った流れだが、注射器で予測不可能な行動になる。その間の「何故?」を省略する=間引き。のテクニックを使用する為の「道着の帯を締め」であり、これにより注射器を隠した。という行動を表した文が強調される。つまり2:1のリズムだ。
さて、今回 この技を無意識に出来るくらい使いまくって文章を書くつもりだが、本日は時間切れだ。
また寝る前か明日にでも続きを書く事にする。
その為に 町田康文章修行 虎の穴ー女殺し油の地獄絵巻 第一章 の禁じ手 必殺テクニック「丁寧」の解説を、自分が後から分かるように長々と書いたのだ!
ワッハッハッハ!
追記:
デュエル 寝る前に投げやりな気分で期待しないで見ると、細部までかなり緻密に素人芝居っぽい いい加減さでめちゃくちゃ良い。買って良かったし、他も観たくなる、初期の岩井俊二(たまにyoutube動画でfried dragon fishの冒頭を観るんだけど、これも学生時代に深夜番組でやっていた奴をリアルタイムで観ているので、高校生童貞男子にとっての芳本美代子の見え方とかcharaの曲の流し方などを深夜番組を観る童貞の部活少年にめちゃくちゃ響くように計算されているがゆえの浅野忠信や田口トモロウの完璧に漫画的な演技。ー欲しいなぁ。と思いつつ8千円は出したくないですね。大昔 2千円だった時なら買い。でしたが、そうするとたぶんスワローテイルとか。岩井俊二 全部 買ったり。それに付随して細田守のアニメも買い始めたり。していく可能性もあるな。いや代用品としての藤田敏八のリボルバー。いや映画館で藤田敏八も市川準も相米慎二も観たじゃん?それら映画館で良かったのも全部 買おうとしてるの?いやいやおかしいだろ?そんなの...とか最近は一本買い始めた後のベクトルとか、買い占められた後のそれに付随するその傾向のソフト群の値上がり現象なども考えるようになった時に、今 安いモノだけ買って全てをわかった事にしてしまう。とかイチジャンルだけ掘って辞めたりする行動様式のざっくり感の凄さについて考え始めた時に町田康の飯食うな。や筋肉少女隊の高木ブー伝説。日本インド化計画。今こそ節約生活の為のPUNK スピリットを!みたいな事がわかりつつ、オタクなので物量でなんとかしようとする。みたいなdigを止める事が出来ない。ヒッピー気持ち悪いなぁー。全部 揃えようとしてんじゃん...。しかもそれ物理的にゴールないし)を もっと厳格に作った感じ。ベートーヴェンが作った杏里の曲。みたいな良さがあった。 夜 寝る前に観ると完璧だし、昼間 他にやらないといけない雑事が色々ある時に観るとイラッとする。
もしかすると、三島由紀夫とか寺山修二の戯曲を古典っぽくすると こんな風になるのかな?とも思った。一部 鈴木清順的だったり加藤泰的だったりもしたので。