トムブラウンの韓国アイドルロケの絡みぼんやり見ている時にみちおに突っ込む寸前に布川が一回助走をつけたラッキー池田というかホークス的な振り付けアクションを入れている。それで気になって、昨晩 見直しながら頭痛がしてきて中断したホークスの赤ちゃん教育を観ながら移動カメラのショットは幾何学的に色々な振りかぶりアクションをいれている箇所をチェックしていると、無限に観るポイントが湧いてきて疲れてしまう。画面上でv字を強調するカットを沢山いれている。ケーリーグラントがオリーブでこけるショットもバーカウンターのvじ型の背景に直交するようにv字型でこけている。そこに限らず、この作品は横尾忠則のYの字の路地の構図をたくさん使って空間の奥行きを迷路のように拡大させているけれども、黒沢清の回路を見ていて小雪と加藤春彦のラボのシーンに同じようなショットがあるのに気付いた。
赤ちゃん教育のケーリーグラントは直前に起きたシークエンスに思考が縛られていくキャラとしての恐竜の化石を発掘する考古学者。に対してキャサリンヘップバーンはたぶん女性物理学者キャラみたいな感じのイメージで状況を常にぶち壊しているんではないか?(このパターンよく考えるとヘルレイザーと全く同じ構造だが、そうして考えると 赤ちゃん教育も常に2人のやりとりに3人目の人間が巻き込まれていく構図になっている。つまり、ヘルレイザーが赤ちゃん教育では豹なのだ)とふと思ったが、黒沢清の回路で小雪が赤ちゃん教育のバーでの愛と衝突の原理をプログラミングでシュミレーションしているシーンを見せるシーンの記憶が無意識的に覚えていて思い出したのかも知れない。そういえば、たった一つの冴えたやり方の著者ジェフリートンプソンjrが確かCIAで物理学博士だった事もなんとなく思い出した
そんな感じで画面上の幾何学的な絵と話的な意味で概念的な意味での色々な対比も同時におこなわれて、クリストファーノーランのTENETみたいな感じで映画が作られているのか?と、トムブラウンのコントもまとめて見てみようかな?となんとなく考えながら、頭を使うのが面倒くさくなってきて全て面倒くさくなり眠くなってきた。
明日から、やっと仕事復帰だが、レントゲン上 完治した筈なのに相変わらず肺が痛みだして憂鬱だ。お笑い、芸術に限らず アーティストの技術の分析など 子供じみて不毛で幼稚な行為なのかも知れない。と思うように最近なったりもしていたが、Kindleで購入した中原昌也氏の昔の著作でヒッチコックを何度も見直して分析し直している箇所など読むと、もちろん氏は映画評論家でアーティストであり、それが仕事だから仕方なく。やっている訳で自分にとっては生活上何の意味ももたらさない暇潰し以上の経済的意味はない筈なんだが......つい自分も嬉しくなってしまい、昨晩 赤ちゃん教育を寝る前にみていて激しい頭痛に見舞われたのに、また赤ちゃん教育や回路を見直してしまった。
自分自身の人生のサクセスストーリーの何処にも繋がっていかない無限に湧いてくるしょうもない疑問と気付き。いつかは辞めなければならない