皆さんは Netflixでいま話題の「又吉直樹の下北沢お洒落金融道ー摩天楼編」(通称 マシャのオシャ金)を、もうご覧になられたでしょうか?この作品は、昨今の下北沢 古着ブームをNYの1930年代高層建築ブームとして 捉え直し、安藤忠雄を段下段平役。又吉直樹をあしたのジョー役。ウルフ金串を竹内力役。白木葉子を米倉涼子役として再編成したドラマで 地面師達の要素も巧みに入れながら 古着や金融。近代建築についての知識も吸収できて、かつ トムクルーズのトップガンのような甘〜いメロドラマの要素もある。
こんな旬のトピックスをてんこ盛りしたハリウッド風味の甘〜いメロドラマなのに、未だに世間で今ひとつ話題になっていないのは僕が今 キングヴィダーの摩天楼の冒頭部分とハライチのターンの岩井のアフタートークの芸人お洒落論とマジカルラブリーの来週の放送のネイチャー寺門特集の予告トークを組み合わせて テキトーに頭の中で でっちあげた僕の頭の中のみで存在し僕の頭の中のみで話題になっているドラマだから。だから誰も知らないのは無理はありません。
僕 自身も1800円で買ったゲーリークーパーDVD boxをひたすら週末に消化していたら、こんな文章が出来上がってしまいました。昔 アメリカのハードコア アナルsexのDVDばかり観続けていた友人が 「身の回りの全ての造形物がアナルにみえてきて、キモチ悪い」
という名言を残していましたが、まさに今 僕は
「全てのイケ面 芸能人がゲーリークーパーにみえはじめて、気持ち悪くなっている。いわゆるゲーリークーパー酔いが始まっています。
後、真面目に映画について話すと この映画を観ながら、アイスTとかが出てたニュージャックシティにカメラワークというか構図が似ているな。と思いながら、わりとアメリカ映画の戦略的メロドラマの意味について考えたのと、こっちのメロドラマの戦略にあきたら、ジョセフロージのできごと。みたいなお洒落ピーポの権威主義をくすぐる方向性も東京に限ってあるな。と思いつつ、ジョセフロージのできごとを購入した事でクロネンバーグのクラッシュがリメイクになってる事に気付けたの良かったです。
あと、又吉直樹のお洒落芸人キャラとしての個人的な意見で言うと、zeebraとか小木矢作とかに比べて ファッションに対する受け止め方が重かったりアプローチが固くて 基本 元々 自分達と同じ体育会系畑の人でお洒落界隈の人ではないんだろうな。と思いつつ、又吉がファッションとかアートとかの格式の部分を凄く丁寧に語る事で、変幻自在の綾部のトークに的確なツッコミを入れるコンビとしての役割の重要性を感じるとともに、単に一視聴者として又吉のお洒落トークに対する価値観を盲信する事でジョセフロージのできごと などにおけるイギリス中産階級の嫌らしさも引っ張ってくる側面もあるな。と思いつつ、あの格式ばって偽善的なイギリス映画のいやらしさもメロドラマとしては嫌いではないけど、結局 あそこに飲み込まれていく事で イギリス→アメリカ→日本。みたいな白人社会的なヒエラルキーにすでに東京人としての自分の価値観が日常的に組み込まれていってる。事実を認めていく事になる。それも、気持ち悪いな。みたいに感じもありました。 だから、ジョセフロージとキングヴィダーの摩天楼を一緒に観て 良かったかな?とは思いました。だし、結局 イギリス的な価値観を上手く日本の風土に適応させて語ったのが伊丹十三なのかな?とやはり思う。そういう意味では、又吉は下ネタがあまり得意ではなさそうなので、伊丹十三に対してもハンデがあるな。とは思ったけど、ヒコロヒーと大竹まことのトークとかを聴いていると、女性リスナーの価値観が強くなっている昨今 下ネタは封鎖して真面目な固さを売りにした方が 女性リスナーからは性的な意味でむしろ柔らかく聴きやすい感じになったりもするのかな?とかも思ったりした。
こうして、テキトーな下ネタに逃げないで真面目に自分の考えを文章化していく方が 「世界に対して無名の僕が物申しています!みたいな感じで僕的にはとても恥ずかしいな。みたいな感じが 今 書いていてしています