アルピーやヤーレンズ、トムブラウン、オードリー、ピース、チョコプラ、三四郎、鬼越トマホーク、オードリー、といった我々ギャル男世代おじさん...というか、「もうお爺ちゃん」。いわゆる「もうG世代(お爺ちゃんのGとギャングスターや、そのキャンタマ袋。yes !you can!(マフィアの会計士の事ー日本で言うと信楽焼の貍の金玉袋(英語ではBoys be ambitious!なんて発音します。大風呂敷をマネーロンダリングしたようなもの。と考えると分かりやすいかもわかりません)の頭文字Gーをかけた造語。もともとはiceTのo.g(オリジナルギャングスター)ともう中学生の「もう中」とGANG BANG(乱交パーティー)という高校生を刺激するような言葉達(コトバタチ)が1つになったランチパックのように ありがたみのあるネットスラング。)」の芸人にとって、ギャル男からの脱却とギャル男へのノスタルジーが常にいったりきたりする。
そして同世代の芸人も視聴者も、心の片隅では「ギャル男お爺ちゃんはほんとうに視聴していても演じていても恥ずかしく気持ち悪い概念。我々もはやく卒業しよう!」と気付きつつ、かくいう私も生活に疲れ果てて、ここ2週間はファレルやナイルロジャース、ジャスティンティンバーレイクやニュージャックスウィングなどをネットで深掘りしてギャル男脳に戻ってしまっていました。
そんな中で「頭隠してギャル男隠さず。」芸人 永野の最近の輝き(シャイニング)にはほんとうに驚かされた。そうして、最近の永野さんは武田鉄矢にどんどん寄せにきている。と感じながら、永野さん→三又又三→武田鉄矢→アメリカンサイコやサイコ→江戸川乱歩や横溝正史。などのギャル男文化の大正浪漫な側面に気付いたりした。そして永野さんが江戸川乱歩の怪人だとすると、平子さんは横溝正史の金田一耕助なのだ!これもギャル男の最終形態として考えると色々な意味でホラー色が強く気持ち悪い。ハリウッド映画でいえばチャイナタウンのジャックニコルソンとアメリカの友人のデニス・ホッパーと言ったところか?この二人が競演している作品がアメリカンニューシネマの金字塔 イージライダーでもある
今週のあちこちオードリーのリップスライムの回を見ながら、ほとんど別の場所で話したエピソードの繰り返しだった。やはり、いつものリップスライムのファーサイド好き。という話しから プロデューサーjdilla の話しやダンサーとしてマイケルジャクソンブームやテディライリー、JAM&ルイスなどのニュージャックスウィングにどの程度影響を受けたか?など話しが発展しリップスライムや若林のコアなhiphopリスナーの話しが 聴けるか?と思ったので自分的には残念だったが、ほとんどの全国放送のTV の視聴者にとって、最新でもないアメリカのhiphop 事情など全く興味がなく 下手すると洋楽自体もまったく興味ないー子育てや会社経営に経済的時間的に忙殺される一般の方々にとっては 勿体ぶった上から目線の東京のオタク達の知識のおしつけやマウントなど大麻常習者を見るような不快感ーしか感じられず、佐久間プロデューサーの判断も納得ではあった。
色々 書いていたら疲れてしまったので、大幅に文章をはしょります。
まず、伊集院さんがアニメを見ながらAIについて考える。みたいな意味で、僕も日活ロマンポルノを見ながら文芸作品とポルノの違いについて考察してみたが、明確な線引きなどなくシームレスに移行しているが、元を辿るとロマンポルノやアメリカンニューシネマ的なヤクザや犯罪映画はドイツ映画との比較で語るものかな?という気もした。そこで、大正時代のギャル男といえば増村保造の盲獣ー江戸川乱歩の怪人。最新のギャル男というのファズビンダーの自由の代償。それと似て非なるものとしてのキングギドラとかKOHA とか田村淳の言うHiphop があるが、そのHiphop は英語が流暢だったり音楽理論やブラックミュージックの歴史がわからず茫然と自分で思考せず流行りのjwaveラジオなどをダラダラ聴いていると、江戸川乱歩の怪人とかケツをプリプリ振ってチンコのでかさを強調するピタピタのジーンズを履いてる普通のおじさんの見た目なのにジャニーズを意識してる変なコレクターギャル男おじさんみたくなるな。と思いました。物を買い漁っているつもりがいつの間にか少年アイドルになろうとしていました!と思ったら少年アイドルに成るつもりが気付いたらウリセン少年を買い漁っていました!みたいな
僕も映画を掘り続けていて、最近 量を体系化出来なくて 訳わからなくなりながら鑑賞してしまっていました。としみじみ思いました
だから、訳もわからずHiphop はゲイやオタク禁止!みたいに叫ぶ人が多いんかな?と思った。その意味するところの自尊心の所在みたいなところまで意識を高めていく事は我々低所得おじさんの生活には いささか厳しいものがある
そんなこんなで、ファズビンダーの自由の代償を改めてみると、我々もお爺ちゃんになってギャル男的な自意識がもたらすゲイに対する偏見もとれてきて、ゲイの人のギャグをフラットに鑑賞できるようになった。というか、めちゃくちゃカッコつけてる主人公を演じるファズビンダーがカッコつけてるのにお尻をプリプリさせてたりチンコを強調させたりしてるのがめちゃくちゃ笑えるし、流れ星のチュウエイと羽賀研二を足して2で割ったようなゲイが隙が無さすぎてむしろ滑稽だったり、透け透けのブラウスでいつも乳首丸出しで朝から飲んだくれてるアル中の姉なのに何故かめちゃくちゃ気品があったりして、映画全体としてめちゃくちゃ不細工なのに逆の側面からみると残酷で洗練されていて、それでいて すこし哀しい気分になったりする。色々と見ごたえがある映画でした。
最初 中原昌也が薦めていて20年前くらいに買った時に チンコ丸出しのゲイの濡れ場シーンにイラっときたり 乳首丸出しのアル中の姉に勃起したりし ずっと観てなかったけど、鈴木モグラ的というか…とても深みのあるキャラとギャグ満載の映画でした。