濱口竜介と三浦哲也と三宅唱の座談会「映画の勉強会」のyoutube 動画を観ていて、またしても蓮實重彦氐の「ショットは何か?」論争が勃発していた。「ショットとは何か?」「談志落語のイリュージョンとは?」「太田光のピカソ芸」。これが「日本3大 サブカルオタク」なぞなぞ で、まともな社会人の方々になんの文脈の流れに関係なく 唐突に会話中にこのワードをさしこむと、女性は心底ゲンナリさせるであろう。ハライチの澤部やパンサーの菅良太郎と西山蓮華のラジオを聴いていただくと、面白い話をするのに ふる勃起 でマニアックな話題や学生時代の武勇伝をひけらかしたり ソプラノボイスかつスーパー早口で、それにより 上手く息継ぎができず 過呼吸で息切れしなくても、女性に話を聴いてもらえる事がわかる。いや。逆にそんな状態でマトモに話を聴いてもらえるのは、世界中で唯一 「お前のお母さん」 だけやないのかいっ‼️?
ようこそ!welcome to the mother ship of earth!let me ride your mother fucker!(これは ドクターdreの名曲 let me ride の元ネタ 伝説のファンクバンド パーラメントのmother ship konection-star child であるという事を念頭に置いた とても知的で面白いギャグです)
と、ここまで書いたら、面倒くさくなった。
結論は、今回 やさしい女を見直して、これが かなり構造的に吸血鬼 映画なんだと気付いて驚いた。つまり、やさしい女→オンリーラブァーズレフト→汚れた血。みたいな吸血鬼 映画の系譜でみると、カールテオドライヤーの吸血鬼の意味がわかってくるし、そこから付随してドライヤーの裁かるるジャンヌとブレッソンのジャンヌダルク裁判を見直してみようかな?みたいな事を語っている座談会なのかな?と個人的には思いました。つまりショットとは何か?ブレッソンのぶつ切りにみえるカットの仕方=吸血鬼の記憶=生前と死後の記憶を現在進行形でいったり来たりする やさしい女のショットの特徴。みたいな事かな?と推測染ました。
そして、僕は、昨晩 やさしい女の後に同じドミニクサンダ主演のベルトリッチの暗殺の森を見ながら、即座にベルトリッチの革命前夜のオタクっぽいDQN青年の主演の俳優が、やさしい女の映画内映画に出てたな。と気付きました。結局、やさしい女を半分くらいまでみた後 暗殺の森に切り替えてドミニクサンダが登場するシーンくらいまで観て集中力が続かず寝た。けど、暗殺の森のドミニクサンダ。と言われるくらいに、ドミニクサンダの代表作なのだが、やさしい女の頃の清楚なドミニクサンダの断然 魅力的に感じたのと、主演の男優の女性の部位を見る時のねっとりとした視線がよかった。これはアンジャッシュの渡部やコロチキのナダルや錦鯉やルシファー吉岡でねっとり視線で女性を眼でレイプ選手権などを開催して再現して欲しい。司会はアルピー平子祐希。大会ポスターはトムブラウンのミチオが出っ歯でびんぞこ眼鏡をかけ サンマのブラックデビルのコスプレをして「デリシャス!」とか言ってそうなポーズをしているヤツにして欲しい(このアメリカ人による昔のエロガッパっぽい日本人とバイ菌のコスプレのイメージはジョンレグイザモのpestのオープニングのシーンのコスプレを参考にして欲しい)
あと、暗殺の森のスタイリッシュな画面を観ていると、ジェニファーコネリーのワンスアポンナタイムアメリカとフェノミナとレクレイム フォードリームの絵がなんとなく浮かんできて、暗殺の森の中にやさしい女を当て嵌めて観ようとしている自分に気付く。そこで、ロッセリーニのドイツ零年をゴダールが吸血鬼映画の系譜として批評していたゴダールの映画史の一節が浮かんできたりするのも、フイリッツラングのスピオーネや中川信夫の憲兵と幽霊が日独伊三国軍事同盟 時代の大正や昭和初期の時代の雰囲気を色濃く映しているのかも知れない。などと推測する
はい、ここでお時間です。あっという間の時間でまだまだ話足りないこと いっぱいあるのに残念でぇ~~す。嘘?ジョニーデップのDead manとキートンの大列車強盗とか まだまだ100分の一もも話してないのにぃ~~~~い?もう時間?ニイッーニイッーニイッー?Welcome to The ジャンゴォー?と いった訳で本当に本当にお時間になりましたぁ。本当に帰っていただかないと!何ぃ?お前 番組潰す気か?これ以上喋り続けるなら 力ずくでスタジオから つまみ出す事になるぞ!ディレクター?一回 放送切って CM 入れて!ふざけんな この野郎!二度と喋れない口にしてやろうか?そうは言っても…下の口の方は正直だな?ウヘヘ