以前 渋谷シネマヴェーラのジョンフォード特集の時は割と陶酔した記憶があったものの、ラブコメ映画 購入しても見直す事ないし。と思って、長い事 ネット市場に寝かせていたが、先日 三宅唱氐の映画鑑賞会の記事で、監督によるこの映画の解説を試聴して 購入してみる事にした。
やはり、この映画の見所は、登場人物全員が 何かしらのポンコツで自信過剰で世界観や視野が狭くて上から目線。なのだが、段々とこのポンコツどものラブストーリにのめり込んでしまっているところと、語り口が巧みすぎて、のめり込んでいく瞬間がシームレス過ぎて自分で気付かないところの見事さ。なのだが、家のTV で観ていると三宅唱監督が言うほどでもなく、エヴァガドナーを魅力的に撮るカメラの思惑やメイクの跡が、ありありと透けて見えたり、短絡的で暴力的で軽薄な印象のあった クラークゲブールがTV の小さな画面で見直すと、かなり冷静に適切な状況判断をしている普通の建築系の社長や、スナックのママであるところのエヴァガドナーであるが、何故 映画館内ては、三宅監督が話されているような 過剰にぶっ飛んだキャラに思えたのか?それが映画館の大画面の力であるからして、いくらアメリカのテック企業が映画業界を傘下に治めた企業構造になろうと、すなわち それが映画館という箱自体が負債を生む産物という理論にはならない。わけなのだ。一方で実際の大規模マンション工事の現場などで、住民が不快感や恐怖心を抱くので、マンション住民を恐怖させる態度は慎むように。みたいな事を朝の朝礼で演説する大手建設会社 職員が存在するが、あの場合は、マンション住民はマンション工事改修という映画を見せられているのか?いやこの場合、実際に改修工事はマンション側の依頼により行われている工事なのだが……。
これがいわゆる立川談志師匠の言うイリュージョンであり、マンション工事という芝浜なのだ。つまり、伊集院光氐の言う夢の島 埋め立て工事跡地の生活を愉しげに語るアルピー酒井師匠の脳内は 伊集院光氐の落語 芝浜テレパシーによって操られているのだ。だから月曜日と火曜日の深夜 両方ともが 実は伊集院さん一人の脳内で操られたラジオ放送であり、これが、談志師匠のおっしゃった川崎ドリフト芝浜Rの世界なのでアール。
冗談はさておき、皆様も試しにモガンボを見終わった後にクレールドゥニ監督のショコラを観て頂くと良いと思うし、クラークゲブールという話しで言えば荒馬と女のマリリン・モンローと見比べたり、ハリウッド女優=犬顔女子(犬顔女子という意味では会田誠氐の問題作、手足の先を切り取られた犬女子もハリウッド女優に対する皮肉を連想させる)で言えば、三つ数えろのローレンバコールやブレストンスタージェンスのパームビーチストーリー。やレディイブ。その大元がハーワードホークスの赤ちゃん教育やヒズガールフライデー。そして、ローレンバコールなど犬顔女子の最高峰の原型としてフィラデルフィア物語のキャサリンヘップバーンを淀川長治先生は提唱している。
そのように考えると、内山被告の沢尻エリカ メイクが何度も流れてくるツイッターをみながら ハリウッド映画の呪いだ。と思ってしまう。今日この頃だ。けっして、その幼稚な精神性を馬鹿にしている訳ではない。
私の場合もシャブをやったら今まで立松和平さん。などと馬鹿にされていたものが、急に目が三角になって顎がとがりだし、「ワイはキムタクや!いや、シャブタクやで~!」などと、はしゃいでしまっていたのである。それにしても、全く モテるようなことはなかった。ただ、シャブをやった事で立松和平フェイスがいきなりキムタク。これが、ハリウッド ルッキズム社会のパワーなのだ!パワーー!