映画の話

映画 覚え書き

カリスマ サブカルの世界

先週くらいから土曜日は 11時くらいまで家事やら整理やら色々やって、FM yokohama でikuraちゃんの大人の秘密基地を聴いてサイプレス上野の番組を聴いて寝るようなサイクルになったが、今週はikura ちゃんの前の番組がクレイジーケンバンドだったのでテンションあがったし、サイプレス上野の番組が終わったら、そのままオードリーのオールナイトニッポンの時間だと気付いて、チャンネルを変えたらダラダラはじまって 良い流れではあったが、夜更かしもキリがないので寝て翌朝 radikoで聴く事にした。

今週の若林は、ウォン・カーウァイの話をしながら なにやらサブカルオラつき野郎にキレていた。

ハッキリいって自分もサブカルオラつき野郎である自覚もあり「単なる無意識下のsexしたいというフラストレーション?が、法螺吹きという全く違う概念で表層化しただけ。では ないのか?と思ったし、他人の家に忍びこむ話は、ウォン・カーウァイ経由でなく、ツアィミンリャンの愛情萬歳の方じゃないのか?いや、むしろ河までの可能性もあるし、ふと落日の事も頭に浮かんだりした‥…。」

とにかく普通に話してもsex は出来ないし、sex したいから嘘でも何でも言う。

そういった思考回路が常態化してしまったように思う。

 

しかし、最近 youtube で色々なブラックミュージックを紹介してる動画を見ながら、嘘は良くないな。と思うようになった。

つまり、曲にまつわる自分の思い出を絡めながら楽曲を紹介する場合に、その当時の記憶が嘘なら、もはや聴き手も何に想いをはせてよいのか 分からなくなってしまうからだ。

例えば、国語の授業で万葉集の防人の唄を読んでいる時に、それを詠んだ本人が本当は防人ではなく、百姓の次男坊で全く畑仕事の手伝いをせず、一日中マリファナを吸って、トンボや牛を眺め「嗚呼!幸せのトンボよ何処にぃ~♪」とか「ホゥヒェィーヤ!ナウ スメルズ ライク インドネシア」などと呟いていたとすれば、それはそれでカリスマ。という事にはなる

 

今回は、松尾潔のメロウな夜のk dub shineのゲスト回の時に紹介されていたcameo から2曲。

I have got a your image

Candy

僕は この時代(中1から高校2年)のディスコやCLUBの雰囲気を知らない。ただ、

「TV や雑誌で見かけた年上のソバージュのボディコン アミタイツの大学生のお姉さん。とんねるずのオールナイトフジとか11PM に出ていた女子大生グラビアアイドル」

(要するに若い読者に分かりやすく説明すると、三原順子みたいなイメージではなくて高市早苗とか蓮舫みたいな女性 da.yo.ne?)みたいな 漠然としたイメージでこの曲を聴いている。

 

このように自分の意識下まで自分の意図したイメージを描写するのは恥ずかしい行為だな。と思った