ツイッターで中居くんとロスの山火事とモテるテクニックyoutuberの話ばかりが何度も流れてくる。そこで私も皆さんに子宮に直接 語りかける話術を身につけるべき!なんだと強烈に痛感し、今回は子宮に直接語りかける〜まるでラッセンのイルカ達と泳ぐラマーズ方出産〜 的な文体で皆さま一人一人の脳でなく子宮に直接語りかけて参ります。さあ!まずは皆んなで輪になって手を組みましょう!
思えば以前からずっとpunpeeの作る曲が全くピンときていなかったが、深夜の告白やローラ殺人事件、過去を逃れてなどアメリカの赤狩り前のB級ノワールを鬱気分に任せて幾つもぼんやり見直してからトリュフォーのピアニストを久しぶりに見直すと以前駄作だと思っていたこの作品は「この映画を見ないで、映画史を語らないでいただきたいっ!上海蟹食べたいハニーと蟹道楽に行きたいっ!おすぎ花粉ですっ!」と思わずDVDを観ながら叫んでしまうほどの名作なのである。
この作品の何が凄いのか?前半1時間くらい ダラダラと無意味に長い駄作と思っていたものがラスト30分で劇的にひっくり返り、そのラストの余韻に浸りきったまま2度目の前半1時間をみると、ダラダラした話だと思っていた前半の全てのカットが宝石のようにキラキラ沁みてくる。つまり、今まで好きになれなかった2000年以降のアーバンなhiphopサウンドがこういう感じの、今までのゴツゴツしてミニマルでソリッドな90年代のアメリカのhiphopのような50年代フィルムノワールを全消化して、punpeeに代表されるような2010年以降のジャジーシティポップみたいなアーバンhiphopのような初期のトリュフォー作品のような複雑なゆるい感じに抜けてきてるんやなぁー。と僕は今年2025年になって、初めて2010年代のジャパニーズhiphop時代に追いついた感じがあって良かったです。
ビッグコンボを観ていてスパイクリーのモーベターブルースを思い出したり、深夜の告白を観てヘルレイザーを思い出したり、バーバラスタウィンウィックがウォンカーウォイの天使の涙やリンチのロストハイウェイに被ったり、エドワードGロビンソンが飾り窓の女の記憶にダブったりグッドフェローズのショーペシの地縛霊が憑依したかのように同じ身振り手振りで話したりしているうちに、OJシンプソン事件とロスの山火事がマルホランドドライブとかロストハイウェイ化したりするのと同様に、この「ピアニストを撃て」を観ながら、この作品は2pacのjuiceと一緒やん!みたいになりながら、画面がふと、サシャギドリっぽかったりする事に同時に気付かされる事の面白さもあると思う。
そんな意味では、今だによくわからない2000年代の邦楽サウンドはべナルトベルトリッチ的な進化の流れなのかな?と少し思いました。
確かに2000年代のセレブ感というのは、ドミニクサンダとかジョンローンとか本木雅弘とか吉川浩司的なベルトリッチお気に入り俳優の80年代的な正統派の力強くさと上品さがあり、僕みたいなモテなくて捻くれた70年代ジャズ喫茶に被れているような90年代の青年だったものには、あまり親しみのわかない種類の正統派な瑞々しさやフレッシュさがありましたね。
あれも最初はミケランジェロアントニオーニとか黄金の7人とか割とイタリア映画のヒッピー時代のドロドロした感じのイタロハウス的なものが時代と共に抜けていって血液のサラサラした感じになっていったのだろうか?確かに、僕はラリーレヴァンとかマニアックな音にアクセントが過剰についているものの方が認識できて、もっとアクセントの繋ぎ目がゴツゴツしないように綺麗に工夫されたものだと洗練度が高すぎて耳にひっかかりが薄く感じて、「洗練された感じなのにベタっとした感じに聞こえる。それなのに、ベタっとしたアクセントがどこにも無くて気持ち悪い。これは俺を騙そうとしている!=詐欺師だ!」みたいな事に違和感を感じていた為に2000年から2010年くらいの間 ずっと流行っていた音楽。というよりも、米津玄氏とか藤井風とかbadhopとかYOASOBIとか舐めダルマ。今に至るまで同じようなよくわからない電子音的なものとして聞こえてしまっている。ような気も致します。なんとなくだけど、kpop嫌いの人も音のアクセントとかリズムの掴み方がよくわからないゆえに拒否反応が出てるのかな?そういう人の好きなサウンドはだいたいわかりやすい部分に音のアクセントがあり、わかりやすくゴツゴツしている。みたいな感じもします。
確かにゴツゴツした音や映像や政治ゴシップの方が、僕もがっつり飯食えた満足感があるし、その満足感が飽きるレベルに達するにはゲロ吐くほど同じような味を無理矢理食い続けないとわかんない部分あるんだけと、ゲロ吐くほど同じような安い広告に毒された場当たり的な健康法に過剰に反応してめちゃくちゃなマニアックな安い食生活続けていると、他人を攻撃しまくってギラギラし続けてある日いきなり病気になって萎んでいくんやろうなぁ。むしろ、どうせなら全く味の見分けつかない程 頑丈で鈍感で それゆえに全く人に腹もたたない奴の方が結果的に食生活のえり好みもなく結果的にミニマルで合理的で多数派で安全な食生活になって長生きする場合もあんのかな?と思ったり。