映画の話

映画 覚え書き

Jazz大名とアメリカ映画

CマイナーはE♭、A♭、B♭。Dマイナーは7th B♭。Eマイナーは4th F#。それでAメジャーとFメジャーとGメジャーもわかってくる。

Fマイナーは4つの♭。D♭、E♭、A♭、B♭。Gマイナーは2つの♭、E♭とB♭。FマイナーはCマイナー+D♭。GマイナーはCマイナー-A♭。平行調はA♭メジャーとB♭メジャーになる。

 

最後にAマイナーは♭も#も無し。Bマイナーは2つの#、C#とF#。平行調はCメジャーとDメジャーだ。

ちなみにAメジャーは#が3つ。C#F#G#。Eメジャーは#が4つ。C#D#F#G#。Bメジャーは#が5つ。C#D#F#G#にA#を加えた5つになる。平行調はF#マイナーとC#マイナーとG#マイナーになる。

4匹の蝿

昨晩、深夜午前3時 物凄い若者の怒りの絶叫と金属やプラスチックがコンクリートに叩きつけられ飛び散る破裂音が深夜鳴り響いていた。

 

ほとぼりが冷めてから、恐る恐る家の外に出てみる。原付バイクの破片が道路に散乱していてギョっとする。すると、道路を挟んで向かいのビルの隙間から、哀川翔みたいな白ぶちの半透明眼鏡に白いスーツ姿のオードリー若林がトランシーバーで連絡をとりながら、こちらを凝視している。思わず恐怖で視線を左側に逸らすと、向かい隣のビルの電信柱の影に般若の顔とピンクベスト。その男の背後で鬼の角の仕草を作っているランドセルを背負った半ズボンの怪力のスキンヘッド!オードリー春日とトムブラウンみちよ!だっ!

 

シュッシュッ襲撃だ!

 

僕は一旦、自宅に戻り、台所の引出しから拳銃に玉が装填されているのをスローモーションで確認してから、一度壁に貼ってあるロバートデ・ニーロのタクシードライバーのポスターにウインクしてから急いでタンクトップに着替えて家の外に出る!

「今日からアメリカンヒステリーXの第1章!

黙示録神話の始まりだ!」

 

ワンバトルアフターアナザー…。そのような訳で、オードリー若林のptaの話やトムブラウンみちよのホラー映画の話に触発されて、

ダリオアルジェント インフェルノや4匹の蝿 

フィルムノワール 落とし穴やテンション

を買いました。

イタリアのサイケと過度に工業デザイン化されたアメリカのフィルムノワール。ジムトンプソンのpulpが70年代サイケムーブメントを経て、完全に広告に呑み込まれトゥルーマンショーになるまでの過程。

 

個人的には、体操の池谷君の1億2千万返済計画や、デビット伊東のラメーン店奮闘記。ジョンスー太田光 対談の、お父さん介護事情などがとても心に刺さりました。

デビット伊東のラーメン店の動画を見ていると、ヒロミが番組の花火ロケットの企画で全身大火傷を負う2~3週前のヒロミから、カヌー下りが過酷すぎて途中で断念した件で、散々、番組で罵倒されていたデビット伊東や、番組の企画でラーメンを食いにきたオリエンタルラジオの中田にめちゃくちゃ罵倒されていたシーンなども思い出され ジャパニーズヒストリーX的な大林宣彦映画を観た時のような高揚感がありました。

ハライチ岩井と太田光

ハライチ岩井の量子力学においてエネルギーをスピード基準にして理解しようとしている話は面白かった。結局、自分は量子力学を形で認識しようとしていた為に、空間における磁場が垂直からどれだけシャフトが傾いているか?を基準にすれば、断片から世界の空間。ー全体像を把握できる。と思いながら読み続けていた。だから空間における分子密度が問題であり、スピードとかエネルギーに思考が囚われる事は光から送られてくる信号を読みとって分子が定点でダンスしている事を、分子が空間を移動している。と錯覚している。まやかしなのだ。という概念に囚われている自分に気付いたのだ。

現実には、人間が空間とか時間を把握する為に基準を欲しがる為であり、真理ではないが、人それぞれの理解する為の基準を持つ事が、その人らしさ。という事なのだ。と感じた。

 

10年前ぐらい前のTV での太田光は、色々な概念を言語化し、タモリとか談志とか以来の新たな学問風お笑い。みたいな型を編み出していたし、それがhiphop カルチャーに近い クリス・ロックとかクリス・タッカーみたいな黒人コメディアンの活躍と時代的にもシンクロしていった。

そんな時代のTV の太田光を観ていた者からすると今の太田光の会話のテンポは、あまりよくわからない。ただ、この異様なテンポの雑な比喩表現を聴いているうちに、川島雄三映画の枕。みたいな感じで当てはめるとピッタリはまったので、エリックロメールの作品を見直したりしているうちに、フランス映画とアメリカ映画のズレの部分に旨味があるし、そこと川島雄三とかとギャスパーノエのカルネとかも見直したりしてみたくなったが、もちろんギャスパーノエのカルネなど値段が高騰していて、最早 観る機会もないだろう。

 

結局、ZEEBRAのTV とか観ていて、hiphop とかアメリカの社会派映画のカッコよさは編集とかコラージュの切り取り方の旨さなんだと思いながら、ファンタスティックプラネットとかエリックロメールのレネットとミラベルの映画内のテクノ音楽みたいなのが、ミケランジェロアントニオーニの砂丘におけるピンクフロイドだったり欲望のハービハンコックだったり。なのだが、日本で言えば大林宣彦のはるかノスタルジアの久石醸なのだ。そうやって、その側面から離れて、もっともアメリカ的なフライッシャーの絞殺魔など見直してみると、札束無情やその女を殺せ。など、中原昌也師や黒沢清が薦めていたものを愚直に見続けてきた事に意味がでてくる。

というか、中原昌也氏の薦めてきたものを見続けてきたおかげで道筋が舗装されていくのだ。だが、真理は?と言えば、それは俺にはわからない。だが、誰かが切り開いた道筋の後を歩くのは、じっさいの人生と違って、いつだって、どっしりと安心感がある。

ジミヘンとハービーハンコック

このブログの更新がしんどくなってきた理由に、最近 思考力の低下が著しく、アルピーの女芸人下ネタ大会みたいな番組の島田琴代姉さんの 履いていたパンティにウンコがついたと主張する(本当か嘘かはわからんが、自身のtバック下着をかぶってカマキリの真似をしているのを観ながら大笑いしたり、MEGUMI と泉ピン子を遺伝子電送装置に入れて掛け合わせてbrandyを作る実験をしている装置に ハエのコスプレをしながらジョージマイケルの物真似をする永野さんが泉ピン子を押し退けて電送装置に入り ハエ男が誕生するザ フライのリメイクなどを考えながら爆音で流れる 森高千里の私がオバサンになっても。に薄く 重低音で流れるbrandy のboy is mine。みたいな絵をぼんやり思い浮かべながら、自身の妄想にふいに気持ち悪くなり、イタリア映画の人体実験工場が爆破事故で炎に包まれ熔けていくエンディングのように、自分の気持ち悪い想像も記憶の闇に葬りされるとよいな。みたいないい加減な感じのノリで、イタリア映画って作られているのか?などと想像しながら、最近は大林宣彦映画に感動したりしていた。すべてが こんな調子なので、頭の中を言語化するのを、しばらく止めていた

 

しかし最近、色々とYouTube 動画を観ていて、頭の中が整理出来なくなったので一度言語化してみる事にした。

まず、ジミヘンコードとハービハンコックサウンドの類似性に着目する事でオルタードテンションの覚え方が少し楽になる。

まず1.3.5.7が通常の7thコードだとすると、ナチュラルテンションとは、2.4.6だが、この味付けを9.11.13とよぶ。

仮にドからはじまるドレミファソラシドだとすると通常コードがドミソシCEGBで味付けがレファラD FA だ。

ジミヘンコードとは、E7+#9なのだが、これは#9=マイナー3度であり、メジャー3度とマイナー3度とマイナー7度が入っているコードゆえに、テンション9度のオルタードは#と ♭あるが♭9のみが純粋な9度オルタードだ。

同様にハービハンコックにおいて、5度と5度#は同時に使うが、5度#は6度の半音下なので♭13なのだ。他の表現方法におーぎゅめんとが#5なので、augと表現する場合もある。ちなみに#13=7thなので、13は♭13のみだ。

 

最後に11度=4度の注意事項だが、♭11=メジャー3度の時のみ使用。ゆえに7th メジャーに11は使用出来ない。Cmaj7 11はNG 。

だから基本は#11なのだが、ここでCコンビネーションディミニッシュというコードに触れてみたい。このコードは通常の1.3.5.7に#♭9と#11と13を使用するコードだが、これにより、13♭で違和感がある和音コードも13に直せば全てに使用できる。

 

最後に、パッシングdiminish の使用法。

基本的に1→5→1の5度の替わりに使用する。1度の場合、半音下と一度上。cならBdim7とDdim7。3度と5度は半音上と一度下。C/eならfdim7とDdim7。C /gならg#dim7とfdim7。

 

後、今週 気になったのは、ハライチ岩井の量子力学トークだが、私も独学で物理学を勉強していた際に、最終的に形と移動速度。とかエネルギーと空間密度。とかの境界線が識別できなくなってくる。それで、アンディウォーホールのキャンベル缶は恐らく、失われた週末のオマージュなのだろうが、マリリンモンローのシルクスクリーンで考えると、モネとかの印象派の流れでもあるし、そこから、ロストハイウェイと失われた週末も繋がってきたりヘルレイザーが貞子のように飛び出しきたり……。太田光からハライチ岩井の年齢差の中間に自分がいるわけだが、お笑い芸人界隈におけるhiphopカルチャーのアプローチも20年のタイムラグの中でそれぞれ別々の進化を遂げている。現在 太田さんはhiphop的社会派コラージュ からだいぶフランス映画的メルヘンの世界に以降しつつある。はたして岩井も10年後には、後輩芸人の金玉を握り潰そうと追いかけまわすような常人には理解しがたい芸風になってしまうのであろうか?そのように想像してみると、確かにお笑い宇宙空間である。

 

ロスト ハイウェイ

最近は、暇な時間にベーシストの教則動画ばかり観ていた。かといって、楽器を始めよう!みたいな気はさらさらない。そんな金の余裕もないし……。考えてみると、僕が子供の頃 父親がよく話していた「出世競争から外された会社の50代お荷物窓際族おじさんが 会社から全く仕事の指示を与えられず、ひたすら朝から晩まで自宅から持参した武田信玄とか織田信長とか徳川家康などの伝記小説を読み続けているのを横目で見ながら、サラリーマンもああなってしまったら終わりだ…。などと思っていたらしい。まさか、その50代窓際社員が裏でロシアの怪僧ラスプーチンのように様々な妖術であるところの米津幻視などを駆使して社員達をたぶらかしながら社内政治。社長の椅子を虎視眈々と密かに狙っていたり新たに起業して未来のゆとり社長みたいな存在になるつもりで、そのような本を一日中読みながら、顔面に自宅から持参した彫刻刀でバンバンビガロのタトゥーを彫りながら「わだばゴッホになる!aka耳なし芳一!」などと、顔面を血だらけにし、ぶつぶつ独り言を言っていた。とは考えにくい。それと同様、私の場合もロックスターや天才ギタリストやシンガーソングライターなって、今から婚活を始めよう!何故ならばギタリストだったり天才だったりしたほうがカリスマ性があって恋愛にとても有利だから!と思って、そのような動画を熱心に鑑賞している訳ではない。

ただ頭の中に渦巻く様々な不安や現実に起こる様々なトラブルを無視するために何かしら集中しているフリをし自分自身を欺いているのである。

 

 

 ところで、最初にベーシストを意識しはじめたのは、Dj kaoriのラジオでナイルロジャースの特集をやっていたのが キッカケだった。あの番組も音楽情報番組として価値のあるもの。のように私には思えたが、何故 打ち切られてしまったのだろう?他にも毎回聴いていたkmc & stutsの番組なども同時期に打ち切りになっていたし、高木完氏やZEEBRA & 横井やキムラコウ氏のtokyo mad spinなども全て有料化して観れなくなってしまった。それに、先週のおぎやはぎのラジオを聴いていたら大山のハッピーロード商店街も無くなるらしく大変残念だ。しかしながら、金の切れ目が縁の切れ目。ほどけたね?変な縛り。言いたくないが、あそこにはもういない。笑えるぜ。歩いてっから。ハイキング ウォーキングQ太郎。まあ、やむ終えないだろう。

 

 

芸人 永野のペンタトニックコード

最近は本当にイライラしたり絶望したりするような細かな災いが次から次に起きて、映画など落ち着いて自宅で観れる時間もないのに、引き続き安いdvdを探して買い漁っている。とはいえペースは落ちて週1本観るのが限界だ。

 

先週は梅宮辰夫の夜の青春 dvd  boxと2匹の牝犬。今週は川島雄三の花影だ。

 

先週、梅宮辰夫の夜の青春シリーズや2匹の牝犬を買った週は、緑魔子の飯島愛的 立ち振舞いや この時期の大原麗子の小悪魔ぶりに完全に脳をロックオンされたまま、ほとんど観ていないのにラピュタ阿佐ヶ谷で2年前に観た2匹の牝犬の記憶で文章を書いていたが、今回 改めて観てみると、余りにも貧乏臭い昭和の演歌系風俗嬢物語に ゲンナリして途中で再生をストップしてしまった。恐らく勃起していた2年前は、仕事や私生活も比較的 経済的に安定していたので映画内の小川真由美の貧困生活に対してリアルに想像できず、モトクロスバイクに股がって赤いコーデュロイズボンをはきながら、社会的影響力のあるピカピカの経歴なのに、何故か昔ヤンチャしてました。みたいな感じで岩城滉一ばりに反逆者ぶっている…日本でいうとテリー伊藤さん。みたいな感じなのかなぁ?みたいなエブスタインの爺のような傲慢な顔をして映画鑑賞をしていたのだろう。小川真由美の演技にメチャメチャ勃起し、俺の一茂がラサール石井ばりにエラが張り出し、あわや、映画のエイリアンの口の中から新たなチューブ状の口ならぬ、mc 小宮が、リックジェイムスのスーパーフリークの曲に合わせて フルチンでアイススケートをし、それを観たラサール石井が「真央ちゃんは、私生活で充実したセックスをしたほうが、パフォーマンスにも色気が出てくると思うよ」と思うわずさえずり、審査員役の三四郎の小宮の眼鏡が キラリと光って一言!「これがほんまもんのコント赤信号やで?」…この辺りで永野さんのイルカの話から 今週 学んだペンタトニックコードの解説まで無理矢理 話を繋げる構成を考える気力が尽きた。ので、ここで話は終わりです。また、この話の続きは、僕の気力が充実してる元気な時に!チャオ!

中原昌也の生成AI プロジェクトについて

昨晩のドミューンの生成AIプロジェクトの配信をダラダラ視聴しながら、僕が20代の時 web やdtpデザイナーをしていた頃の憧れの2大スタークリエイター 中原昌也宇川直宏が未だにタッグを組んで 新たなアートを産み出そうとする姿勢に年甲斐もなく ワクワクし、それと同時に宇川直宏氏のアーティスト中原昌也に対する熱いトークに感動したりもした。

実際にAI 生成されたロボット中原昌也トークを聴きながら、ノスタルジーと共にカリスマに触れ合うみたいな精神安定剤的要素がある事に気付いたりした。正直 ある部分では全く中原氏が言わないだろう意見を言っていたが、声が完璧に中原昌也なので全く拒絶感はなかった。ある種の老人介護の現場での独居老人の悲哀を緩和させるのに、必ずしも生身の人間である必要はなくロボットでも人間の暖かみを感じるのに充分かも知れない。

 

と思ってしまった。そこの価値観をなんとなく受け入れてしまっている事への、アメリカ主導による産業広告代理店社会による家畜化を受け入れてしまったような薄ら寒さもあり、そうした意味でも、主催者の宇川直宏氏がしっかりとこのプロジェクトへの深い考察や中原昌也氏への友情をベースにして話されていた事や同時に生成AI をアダルトビデオみたいなポルノ業界。みたいな生っぽいフェイクオルガズム ビジネスみたいな感覚でも捉えていて、最近はイタリア映画から東映エロ路線映画にはまっていたせいもあり、その感覚がシンクロして大変聞き応えがあった。

つまり、クロネンバークがポルノ監督あがりで裸のランチやザ フライやjgバラードのクラッシュを撮ったが、日本でいうと石井竜也がshake hipを般若がおはよう日本やそれならいい。みたいな曲を聴いた時に、元ホスト上りのミュージシャンという事と関係があるのか?ラップやファンクという 極めてテクノロジーに支配されたサウンドでありながら時代劇風の台詞まわしに聞こえたりもする。その点がウィリアムギブソンニューロマンサーっぽいな。と感じながら、少し前から石井竜やのラジオも聴くようにしていたが、そんな意味でピースの綾部やスピードワゴン井戸田も泥臭さと軽薄さのバランスが絶妙で、やはり昭和末期から平成はグラムロック→ヘビメタ→ニューウェーブ→パンク→hip hopと変化していきましたが、ファンクデスコベーシストっぽいノリのギャル男の流れが我々冴えないサブカルおじさんのイメージするキラキラしたようではあるけれども結局我々と生活圏内の近いなんか泥臭い人。みたいなイメージの人がストリートのイケテル人。みたいな時代があったなぁ、と思ったり。

それで日曜日も色々な雑事をしながら、平子祐希氏のバレンタインデースペシャルラジオとオードリーのオールナイトニッポンを聴きながら、平子氏は良い意味で本当に気持ち悪くてギャグがダサくなってきて、いんちきベーシストっぽくなったな。と思ったりしました。酒井さんが横にいない事で、本当にアメリカのハードコアアナルポルノに出てるクリスペブラー。みたいなで汁が滲みでてきた

そんな意味で平子氏の写真集の事でネットで佐久間氏と平子氏が痴話喧嘩みたいにじゃれあっていたのも、本当に気持ち悪くて良かったし、そういう気持ち悪いコラージュ感や会話のリズム感を楽しむのが中原昌也の小説や音楽のセンスの良さに痺れ続けている人達なのかも知れない。僕は単純に今まで中原昌也の小説や音楽を額面通り聴いていて、「なんか神経を逆撫でされるような?されてすらいないような?どちらにしても、そんなに気持ち良くない」みたいな感じであまりピンときていなかった。

 

僕のような岡村靖幸とかハライチ岩井とか、はっきりとはずしたオフビートのリズムまでしか気持ちが良い。ものとしてピンとこない人は我慢して、石井竜也の江戸弁とかピース又吉のモチャモチャしたピンのフリートークみたいなの我慢して聴き続けると、不快感の先にある 少しの快感。みたいなのが見えてくるし、それが マイケルジャクソンとジャミロクワイとかプリンスとかファレルのベースのリズムの取り方を上手く文章に落としこむ方法なのかも知れない。などとも考えたり。