映画の話

映画 覚え書き

羅生門

宮川一夫の最高のカメラワーク。三船、京マチ子森雅之の最高の演技と、幼稚な語り口。とにかく、物語の進行が辿々しく酷かった。と思ったが、日本の悲劇。浮雲。赤線地帯。より先に、この敗戦映画が辿々しく語られているのは、現在のme too運動のハシリ。痛みによる苦悩が稚拙な語り口になってしまったのか?と深く感動しかけたが、惜しい事に風の中の雌鶏のが先で、wikiで確認すると1948年時点ですでに、このような敗戦の苦しみ系の映画は量産されて批評も飽きられていたとの事。

そうすると、やはり三船、京マチ子森雅之三者三様の一人芝居とカメラのみが本当に凄かったし、語り口はハリウッド映画にありがちな幼稚なヒューマニズムだなと改めて思ってしまった。

 

後、この映画が初めて日本映画でヴェネチアで賞をとった事で逆に敗戦国日本人舐めんなよ。みたいな気分になるし、大島渚戦場のメリークリスマスの冒頭がこの映画のしつこいくらいのパロディになっているのも大島渚の共感できる怒りの表現だな。と思いました

 

中平康の女の渦と淵の流れや鈴木清順 ハイティーンヤクザ 中村登 夜の片鱗こそが評価されてほしい敗戦国 映画だな。と思う。

 

と言いつつも、人はあまりに傷つき過ぎると幼稚になってしまう点はあるし、俺も幼稚な男なのでその幼稚さを傷ついたせいにしたくないので「この作品は幼稚だよ」と世間へのポーズとして切り捨ててしまいたい気持ちもあるし、外人がその幼稚さを認める事が成長なんですよ。と言われたら舐めんなよ。とはなると思うのだが、堂々巡りなのだ。結局は幼稚な事にしないと人生が先に進めなくなってしまうから幼稚な事にする。みたいなのが自分の中の正解な表現という気がする。逆にいうと、だから黒澤の語り口はどの映画でも常に幼稚なのだが、それは逆に大人なのかもわからない。また戦場のメリークリスマスの無限ループ感はここに繋がると思った。むしろ大島渚の方が幼稚な面があるのかもわからない。

あと、意外にもスパイクリーのクロッカーズがこの映画とほぼ同じ語り口、リメイクになっていてスパイクリー版は全く澱みなく物語に入れるので、スパイクリーのリメイクも凄いし黒澤の独創性も凄いのかな?と思いました

 

ここで、全く違う角度から考えると、松ちゃんの不倫報道や恋愛工学、ミートゥー運動など含め、全て政府の人口増加対策。光合成運動や電子の漂流速度と電流密度の関係と全く同じ理屈!だから、この羅生門のカメラは光や木漏れ日を強調していたんや!などと物理学的に考え、でんじろう先生 主導の下 舛添さんにもう一度都知事に復職して頂き、東京乾電池プロジェクトー超伝導ナイトクラブーとして自民党も再出発したらよいと思う。そしたら、スーパークレイジー君も再戦出来るだろう?

金に糸目つけるな!むしれ!むしれ!髪の毛むしれ!むしってむしってむしりまくれ!髪の毛無くたって禿げ散らかせーーっ!いきなり横からノッキング オン ザ ヘブンズ ドア!遅れてきた108個の煩悩核弾頭!どや〜〜っ!

そんな訳で江戸っ子とは如何なるものか?という彼らの疑問に応えて圓朝が口演したのが文七元結でした。金に弱いと評判だった長州人はさぞビックリした事でしょう。